岩屋 毅

いわや たけし

自民大分3当選11

経歴

1957年(昭和32年)8月24日生まれ。大分県別府市出身。父・岩屋啓(大分日赤病院医師・大分県議会議員)の長男として生まれる。外祖父・行平七郎は漆喰珪藻土メーカー「田川産業」の創業者。 別府市立青山小学校→別府市立青山中学校卒業(1973年)→鹿児島ラ・サール高校卒業(1976年)→早稲田大学政経学部政治学科卒業(1981年)。 大学2年時、大分で父が3回目の県議選に落選したことを機に政治を志す。在学中から早稲田大学雄弁会に参加。 【職歴・政治経歴】 1980〜1985年 鳩山邦夫衆議院議員秘書(在学中から) 1987年 大分県議会議員初当選(別府市選挙区・29歳) 1990年2月 第39回衆院選(旧大分2区・無所属)で初当選(32歳)。自民党公認を得られず無所属での出馬。当選後自民党に入党 1993年・1996年 落選(計2回)。7年間の浪人生活 2000年6月 第42回衆院選(大分3区・自民)で国政復帰(3選。通算)。以降大分3区で連続当選 2001年 防衛庁長官政務官(第2次森改造内閣)就任 2002〜2004年 自民党副幹事長 2004年 自民党国防部会長 2006年 第1次安倍内閣で外務副大臣(麻生太郎外相の下)に就任 2008年 衆議院文部科学委員会委員長 2009年 第45回衆院選で民主党・横光克彦に大分3区で初めて敗れ比例復活・5選 2010年 自民党安全保障調査会会長就任。シャドウキャビネット防衛大臣 2011年 民主党提出の国会会期延長議決案に党議拘束に造反して賛成票を投じ、全党役職辞表提出。党紀委員会より1年間の党役職停止処分 2012年 自民党安全保障調査会会長(再任)。6選 2014〜2021年 7〜9選(大分3区で連続当選) 2017年 自民党中央政治大学院長 2018年10月〜2019年9月 第4次安倍改造内閣で**防衛大臣(第19代)**に就任 2020年 自民党治安・テロ対策調査会会長 2021年 衆議院永年在職議員として表彰(25年以上在職) 2024年1月 麻生派(志公会)を退会。「全ての派閥は一度解散し、更地から新しい自民党を立て直すべき」と発言 2024年9月 自民党総裁選で石破茂の選対本部長を務める 2024年10月 第1次石破内閣で外務大臣(第153代)に就任。第50回衆院選で10選 2024年11月 第2次石破内閣でも外務大臣留任(第154代) 2025年10月 石破内閣総辞職に伴い外務大臣を退任(在任386日) 2026年2月 第51回衆院選(大分3区)で11選(57,996票) 【趣味・座右の銘・特記事項】 趣味:サイクリング、ギター、書道 座右の銘:敬天愛人(西郷隆盛の言葉) 2025年1月、外務大臣としてトランプ大統領就任式から帰国した際、議員宿舎の自室に面識のない女性が侵入しており鉢合わせする事態が発生。SNS上で「ハニートラップ疑惑」として拡散(詳細は未確認) 2015年、地元関係者を首相官邸に招いた「組閣ごっこ」写真をFacebookに自ら投稿し批判を浴びた 著書多数(国会図書館デジタルコレクションに収録)。2026年、中選挙区制による「穏健な多党制」を訴える論文を発表

政策スタンス選挙アンケートより

憲法改正「賛成」(朝日2017年・NHK2021年)
9条への自衛隊明記「賛成」(NHK2021年)
選択的夫婦別姓当初反対派(2002年に反対請願を国会提出)→「どちらかといえば反対」(2017年)→「賛成」(2021年)に転換。2021年3月、自民党有志「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議連」に参加し会長代行に就任
動物福祉超党派「動物福祉(アニマルウェルフェア)を考える議員連盟」会長(2023年)
外交「対話による解決」を重視する現実主義的スタンス。日中関係・日韓関係の改善を重視。外務大臣在任中、日中ビザ緩和・水産物輸入再開・人的文化交流推進を主導するも、自民党内の反発により一部措置は実施されず
安保・防衛防衛大臣・安全保障調査会長等を歴任し、日米同盟強化・防衛力整備を一貫して重視。ただし外交的解決を優先する姿勢で知られる
選挙制度中選挙区制への回帰を提唱(2026年論文)。選挙制度調査会会長代行も歴任
IRカジノ疑惑米司法省が2024年11月、中国企業「500ドットコム」元CEOによる贈賄で岩屋を含む国会議員5人への賄賂を主張する起訴状を提出。岩屋は否定

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