有田 芳生
ありた よしふ
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フリージャーナリスト出身で統一教会・オウム・拉致問題を長年追った人権派議員 ヘイトスピーチ解消法制定に尽力し、霊感商法・宗教二世問題などの被害者救済に取り組む 中道リベラルの立場から個人の尊厳と市民の権利を重視する現場主義的スタンス
経歴
京都府北桑田郡京北町周山(現・京都市右京区京北周山町)生まれ。京都府立乙訓高等学校卒業、立命館大学経済学部卒業。卒業後、新日本出版社(日本共産党系)に入社し「文化評論」編集に携わる。フリージャーナリストとして霊感商法・統一教会・オウム真理教・北朝鮮拉致問題を長年取材。日本テレビ系「ザ・ワイド」にコメンテーターとして12年半出演。 1980年(昭和55年) 「文化評論」誌上で上田日本共産党副委員長と小田実の対談を掲載。その後共産党との関係が悪化し、長時間の「査問」を受け自己批判書を書かされる。 1984年(昭和59年) 党籍剥奪は免れるも、新日本出版社から事実上追放される。 1986年(昭和61年) フリージャーナリストとして独立。霊感商法・統一教会問題の取材・報道を本格化。 1990年(平成2年) 『日本共産党への手紙』(教育史料出版会)を編集・出版し、共産党より党律違反として除籍処分を受ける。 1995年(平成7年) オウム真理教による地下鉄サリン事件の報道に精力的に従事(1995年3月以降、平均睡眠3〜4時間の状況が続く)。 2007年(平成19年) 第21回参議院議員通常選挙・比例区に出馬するも落選。 2009年(平成21年) 第45回衆議院議員総選挙(東京比例ブロック・小選挙区兼)に立候補するも落選(小選挙区得票113,998票)。 2010年(平成22年) 第22回参議院議員通常選挙・比例区(民主党公認)で初当選(参議院議員1期)。 2016年(平成28年) 第24回参議院議員通常選挙・比例区(民進党公認)で再選(参議院議員2期)。ヘイトスピーチ解消法の制定などに尽力。 2022年(令和4年) 旭日重光章の叙勲通知を受けるも辞退。 7月、第26回参議院議員通常選挙・比例区(立憲民主党公認)に出馬するも落選。参議院議員としての2期12年の任期を終える。 2023年(令和5年) 4月、衆議院山口4区補欠選挙に立憲民主党公認で出馬するも落選(得票25,595票)。 2024年(令和6年) 立憲民主党東京都第24区(八王子)総支部長に就任。 10月、第50回衆議院議員総選挙(東京24区)に出馬。小選挙区では無所属の萩生田光一に敗れるも、比例東京ブロックで復活当選(衆議院議員初当選、1期)。 2026年(令和8年) 1月、立憲民主党と公明党による合流新党「中道改革連合」に入党。東京24区からの小選挙区出馬を取りやめ(野田佳彦代表の説得に応じる形で)、比例東北ブロック単独2位で出馬。 2月、第51回衆議院議員総選挙で当選(2期)。